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2022.05.12

原発再稼働にむけて政治の出番

 3月22日、東電の関係者から東日本大震災後よりも電力需給が厳しいという切実な声が聞こえてきた。時を同じくして旧知の資源エネルギー庁幹部からも協力の要請が入る。事態の深刻さを感じ、国会運営に権限を持つ国対幹部、ネット大手の社長、twitterで多数のフォロワーを持つ同僚議員など、あらん限りの人脈や手段を使って節電を呼び掛けた。

 

 国民と企業の協力によってブラックアウトや大規模な停電という最悪の事態は回避することができた。しかし、電力需給が綱渡り状態にあることは誰の目にも明らかになった。

 

2012年の関西ブラックアウトの危機。大飯原発再稼働の記憶

 

 あの日、私が思い起こしていたのは東日本大震災の次の年、10年前の電力不足だった。2012年5月18日、原発事故収束担当大臣をしていた私は、関西広域連合の会合に出席して大飯原発の再稼働への理解を求めることを官邸から要請され大臣室で悩んでいた。原発事故の記憶は生々しく国民世論は圧倒的に再稼働反対だった。

 危惧したのは、私自身が原発の再稼働を主導して、福島の皆さんとの信頼関係が崩れることだった。そうなると原発事故後に福島の皆さんとの協議を重ねて何とか動き出した除染や中間貯蔵施設が止まってしまう可能性がある。しかし、東日本大震災の前から原発依存度が高かった関西電力管内ではその夏、ブラックアウトのリスクがあった。ブラックアウトが現実となった時のリスクは原発事故のリスクとは比較にならない。

 大飯原発では3.11の教訓を受けて津波に耐えうる対策が講じられていた。東電本店で原発事故に対応した経験から、政権の中で現状を説明できるのは私だということも分かっていた。原発事故対応で一度は死んだと思った政治家としての命。失うものはない。再稼働が実現した後、福島の反発が大きくなったら自分の首を差し出せばいい。一時間、大臣室に籠った後に関西広域連合の会合への出席を決めた。

 6月4日は厳重な警備の中で福井県庁を訪問した。西川一誠県知事の説得も困難を極めたが、最後は野田佳彦総理と直接会談を条件に何とか再稼働に理解を得ることができた。大飯原発3号機の再稼働は7月1日、4号機の再稼働は7月18日。夏のブラックアウトのリスクは回避された。

 

今年の電力需給は2012年以上に厳しい

 

 足元の電力需給の状況は極めて厳しい。直前に福島県沖を震源とする地震の影響があったとはいえ、春に電力が逼迫しているのは異常事態だ。エアコンの使用が増える夏も厳しいが、最も危機的なのはこの冬だ。東電管内で10年に一度の厳しい寒さを想定した場合の電力供給は来年1月にマイナス1.7%、2月にマイナス1.5%と予測されている。このままでは大規模な停電が起こる可能性がある。
 2012年にブラックアウトのリスクがあったのは関西電力管内のみだったが、今年、特に冬は東京電力、関西電力、九州電力の管内で電力不足のおそれがある。各地で火力発電の復旧を急ぎ、増加する再生エネルギーに対応した設備を増強したとしても安定的な電力確保はままならない。客観的に見て現下の電力需給の環境は2012年以上に厳しい。

 

原子力規制委員会の頭越しに再稼働することはできない

 

 再稼働について問題を提起しようと考えたのは、私自身が原子力規制委員会を設立する法案の担当閣僚であり、5人の原子力規制委員を選定した、組織の『生みの親』だからだ。

 原発の再稼働の是非を判断する権限は原子力規制委員会にある。原子力規制委員会の頭越しに政府が再稼働を決めることは法律上できない。原子炉等規制法第43条の3の11で「原子力規制委員会の確認を受けた後でなければ、その発電用原子炉施設を使用してはならない」、すなわち再稼働することはできないと規定されている。

 原子力規制委員会は、権限行使について上部機関から指揮監督を受けず権限を行使するいわゆる『三条委員会』だ。大臣や総理であっても原子力規制委員会に指示監督する権限はない。しかし、政府は何もできないのかと言えばそうではない。

 行政組織法15条には「その機関の任務を遂行するため政策について行政機関相互の調整を図る必要があると認めるときは(中略)当該関係行政機関に意見を述べることができる」とある。この意見は原子力規制委員会を拘束するものではないが、例えば資源エネルギー庁が電力の安定供給という重大な政策を実行するために行う意見は、政治的に重大な意味を持つ。

 

9.11テロのような特定重大事故対策の緊急性

 

 原子力規制委員会は発足してから世界でも類を見ない厳しい規制を導入してきた。2022年4月現在、原子力規制委員会の認可を受けて国内で稼働した原発は、九州電力の川内原発一号機、二号機、玄海原発三号機、四号機、四国電力の伊方原発三号機、関西電力の高浜原発三号機、四号機、大飯原発三号機、四号機、美浜原発三号機の合計10基である。玄海原発三号機、美浜原発三号機など一部の原発は、原子力規制員会の認可を受けたにもかかわらず工事のために長期間停止しており、現在稼働している原発は5基にとどまっている。地震、津波などに対する厳しい安全基準をクリアーした、それらの原発が止まっている理由は何か。9.11のような意図的な航空機衝突などのテロ行為に対応するための『特定重大事故等対処施設(以下、特重)』が設置されていないためだ。

 特重とは航空機の衝突によって制御室が破壊された場合のバックアップ施設を指す。原発のコントロールタワーである中央制御室をもう一つ作るのと同様の工程が必要となり、原子炉一基あたり1000億円を大きく超えるコストがかかる。施設の性格上、各原発の特重の場所は公開されていないが、航空機の衝突によって原発の中央制御室が破壊された時を想定して原発敷地の地下や山側に建設されている。工事に時間がかかるのは施設の性格上やむを得ない。

 新たな原子力規制を導入した際に最も議論になったのが、既存の原子力施設についても適合を義務付ける『バックフィット』だった。規制の遡及適用は法の一般原則では認められていないが、政府内外で議論を重ね原発事故の巨大なリスクを考え導入することになった。

 原発の安全は「セーフティ、セキュリティ、セーフガード」の3Sで成り立っている。日本の場合は核不拡散を意味するセーフガードにおいては世界の優等生と言われてきた。最優先は津波をはじめとした自然災害に対するセーフティだった。同時にテロ対策などセキュリティについても議論を重ねたが、数多くの課題があり時間をかけて対応するしかなかった。

 そうした経緯の中で、地震や津波については新たな基準のバックフィットが義務付けられたが、設置に膨大な時間とコストのかかる特重については当初は5年間の猶予が与えられることになった。結果として特重が設置されることなく10基の原発が再稼働することとなった。その後、新規制基準への適合性審査が長期化したために猶予期間内に特重が設置できなかった原発については、2019年以降、特重の設置義務のバックフィットが適用され、再稼働できない事態に陥っている。

 問題は特重と原発の安全性の関連性だ。2022年4月5日、衆議院本会議で特重の設置期限について聞かれた更田原子力規制委員長は「特定重大事故等対処施設がないことが直ちに危険に結びつくとは考えておりません」と答弁している。意図的な飛行機による原発攻撃の可能性がゼロだとは言わないが、その場合も原子炉の健全性に決定的なダメージがあるとは限らない。地震や津波と比較しても、対応の優先順位が異なることは自明だろう。だからこそ、3.11の後も2019年までは特重の設置されていない原発の再稼働を原子力規制委員会は認めてきたのだ。

 

特重のバックフィットの適用時期を見直し原発再稼働を

 

 わが国は二度と深刻な原発事故を繰り返すことは許されない。当時を最も知る者の一人としてその決意は生涯変わることはない。東電福島第一原発では現場の命がけの作業によって被曝による犠牲者を出すことを免れたが、避難者の中に多くの震災関連死を発生させてしまった。この反省は石に刻まねばならない。

 しかし、電力供給が生命線となる医療現場、灼熱の夏のクーラー、極寒の中での暖房などを考えると、電力の供給途絶も命に直結することもまた事実であり、エネルギーの安定供給を考えた時に原発の必要性を考えなければならない時が来ている。

 国民生活を守るために、政府は原子力規制委員会に対して「特重のバックフィットの適用時期を見直すことで地震や津波対策を終えた原発の再稼働を認めることを検討するべき」との意見を出すことを提案したい。

 ウクライナ危機により各国は化石燃料の争奪戦に入っている。日本の原発を再稼働できれば、その分のLNGを他の重要国に回すことが可能となり、国際的な化石燃料の価格安定化に貢献することもできる。

 

安全を確保するために原子力規制員会と原発事業者が学びあう関係を

 

 原発事業者への規制が十分でなかった原子力安全保安院の反省に立ち、原子力規制委員会は事業者と明確に一線を引いてきた。田中俊一初代委員長、更田豊志委員長をはじめとした委員の皆さん、そして原発事故後に火中の栗を拾い原子力規制という困難な分野に身を投じてくれた原子力規制庁のスタッフの皆さんのこれまでの努力には敬意を表したい。原発事故後、原子力規制の信頼を取り戻すためにこうしたスタンスが必要不可欠だったと思う。

 自民党の原子力規制特別委員会で米国原子力規制委員会の元委員長のリチャードA.メザーブ氏から話を聞く機会があった。メザーブ氏は原発事故後に私自身が米国で面談した最も信頼できる原子力規制の専門家で、日本の原子力規制委員会の国際アドバイザーを務めていただいた。彼の発言で私が最も印象に残ったのは「規制当局と原発事業者が学びあうことが大切だ」というところだった。

 これまでの原子力規制委員会と事業者は、いわば取り締まる側と取り締まられる側という関係を築いてきたため、両者の間に非公式なコミュニケーションの場は存在していない。私から追加で質問を送ったところメザーブ氏は米国のNRCにおいては「被許認可者(原発事業者)が非公式の話し合いのためにNRC委員のオフィスで会う立ち寄り訪問は、委員の役に立っている」との回答を得た。

 発足から10年を経て、原発の真の安全を確保するために原子力規制委員会自身も変わるべき時が来ている。

 

電気代の値上がりは耐え難いところまで来ている

 

 ウクライナ危機による燃料価格の高騰は電力価格の上昇を通じて家計と企業を直撃している。電力使用量が増える夏に向けて状況はますます厳しくなる。電気代の高騰は冷暖房が欠かせない高齢者や障害者を厳しい立場に追いやることになる。これ以上の電気代の値上がりは国民に耐え難い負担を強いることになる。

 

 

 私のところには地元の企業からある陳情が激増している。電力の自由化で参入した新電力が価格の高騰でビジネスが成り立たなくなり撤退する動きが加速しているのだ。新電力から電気の供給を受けてきた企業は東電などの電力会社に依頼しても引き受けてもらえず、電力難民になりかねない状況が生じている。

 電力には「最終保障供給サービス」という仕組みがあるため全国民に対して最終的な電気の供給は確保される仕組みになっているが、事業を継続する新電力から新たに提示される価格も、電力会社から提示される価格も高騰しており、事業者は過大な負担増を強いられている。円安の進行も相まって、わが国の産業基盤が根幹から揺らぐ事態が生じているのだ。

 

原発再稼働へ政治が動くとき

 

 電力需給の逼迫と電気代の高騰により電力事情は深刻の度を増している。2012年当時、原子力安全保安院の信頼は地に落ち、原子力規制委員会は発足していなかったため、再稼働は政治が決めるしかなかった。

 あれから10年が経過し、原子力規制委員会が発足したことで状況は大きく変わり、あの時のような政治決断は法律上できない。原発の再稼働に政府が関与することは政治的なリスクを伴うが、現状においても政府が決断すればやれることはある。原発再稼働にむけて再び政治の出番が来ているのだ。

 

【この記事は2022年4月28日に東洋経済オンラインで公開された以下の記事に加筆したものです。】

電力危機に陥る日本「原発再稼働」の議論が必要だ

https://toyokeizai.net/articles/-/585080